6月5日はてらこやの日でした。一つの中学で催しがあったため、その学校の子たちが全員欠席、他の学校の子も数人欠席で少ない人数のてらこやでした。最近、子どもたちの出席数が多かったり、少なかったり、激しく変動している気がします。
小学生の子は問題集をやりました。定規で長さを測る問題に挑戦していました。中学生は中間テストが既に終了してテストが帰ってきている子もいますが、他の子たちも来週テストまたは再来週テストという感じです。テストが終わっていない子は一応テストの準備をしていましたが、なかなか集中できないようでした。夏休みの推し活の予定を話してくたり、学校の授業の真似?をしている子もいました。


よく、「勉強しなくなるから宿題を出してほしい」「テストがあった方が頑張れるから、あった方がいい」という声を聞きます。私自身も、かつてはそう思っていました。どちらかというと、私自身が“宿題やテストがあった方が頑張れるタイプの子ども”だったからだと思います。高校や大学に進学するのも当たり前だと居ました思っていました。今までいろいろな場で、たくさんの子どもたちを見てきましたが「本当にそうだろうか?」と思うようになりました。
宿題やテストがあっても勉強しない子はしないし、なくてもする子はする。
もちろん、「宿題だから」「テストがあるから」といった理由で勉強する子もいます。でも、どんな子でも、自分が「できるようになりたい」と思うこと、「興味がある」と感じること、「自分にとって必要な学び」だと感じたことには、自然と向き合い、学ぼうとします。実際に、そうやって学ぶ子を何人も見てきました。
免許や資格を取るとき、趣味や楽しみの中で必要になった知識は、大人だって自然に学びますよね。子どもたちも同じです。けれど、今の子どもたちにとっての「勉強」は、成績を取るためのものになってしまっていることが多いと感じます。評価できるもの、可視化できるものだけが「勉強したこと」として認められているのは、とても残念です。